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2010年10月 6日 (水)

河内氏「尖閣沖漁船衝突事件」への反論=国際法・憲法・平和運動

尖閣沖での中国漁船と海上保安庁艦船との衝突事件に関し、様々な議論が展開され、「左右」の宣伝戦が闘わされている。河内謙作さんは928日と103日の2回、「尖閣漁船衝突事件について」という見解を表明された。私が所属する立川自衛隊監視テント村も930日、「尖閣諸島問題を利用した国家主義、排外主義に反対する!」という声明を公表した(注1)。河内さんが2回目の見解のなかでテント村の声明を批判しているが、このように率直な形で議論が展開されていくことはたいへん良いことだ。なぜなら、田母上を担いだ民族主義的・排外主義的な集会にそれなりの動員が行われるなど、この問題はひとつの歴史的なエポックになる可能性が高い。私たちは本件を論じつくして運動の強化をはたす必要があるからだ。テント村の声明をベースにしながら、私見を述べたい。

●河内さんの問題提起と、テント村の声明への批判

河内さんのテント村への批判は以下のようだ。「立川テント村の声明に私は70%賛成ですが、一番納得できないのは、なぜ中国の誤った帝国主義外交に対する批判がないのか、なぜ中国政府に抗議しないのか、ということです。自国の政府をもっぱら相手にするという過去の誤った平和運動のパターンにとらわれているのではないでしょうか」。だがそれについては、声明の末尾ですでに触れてある。「テント村は、日本を含めアジアのすべての民衆が国家の抑圧、資本の収奪から解放されることを願うものである。極端な民族主義や排外主義、国家主義的な動きは、それがどこの国のものであれ、強く批判する。国家そのものへの本質的な批判抜きで真の民衆連帯も解放もあり得ないと断言する」と。簡潔な声明のレベルではこれ以上の書きようはない(注2)。

そこで河内さんに本質的なレベルで反論するためには、その見解全体に分け入る必要があるだろう。928日の見解は、①真相はなにか、②中国の意図はなにか、③菅内閣の態度をどうみるか、④日本の平和活動家のとるべき態度はなにか――という4点であった。①と②は全貌が必ずしも明確でなく、推測を織り交ぜた議論をするのはあまり意味がない。また③は「菅内閣の弱腰=売国政権の実態」(103日見解)といったレベルの話なら、むしろ論点にしたくない。従って「日本の平和活動家のとるべき態度はなにか」だけが問題である。これについては河内さんが103日見解で敷衍してくれていて、概略、以下のとおりである。

   今回の事件は憲法9条の危機とも言うべき重大事件(9条が有名無実になるという意味か?)

②尖閣列島の領有は国際法的には「先占」と位置付けられる

③中国の行動を世界的視野で、特に南シナ海・東シナ海での侵略の歴史の文脈で分析する必要あり。

 中国の東北アジアの覇権確立に直結している問題

④日本の平和運動は、アメリカにも中国にも毅然とした平和国家の創造をめざすべき

⑤中国とは「喧嘩」中。軍事力はともかくとして「何でもあり」で対応すべし。ASEANなどとの連携が必要

●国家主義に国家主義で対抗できるのか?

河内さんの見解の最大の問題点は、「国家主義に国家主義で対抗できるのか?」ということである。河内さんは「憲法9条の危機」「平和運動の危機」を心配されているが、9条や平和運動のなかに密かに構造化された国家主義にこそ、いま切開されるべき最大の「危機」があるように思える。

敗戦後の歴史を振り返ってみよう。連合軍は天皇制を存続させることをもって、軍の解体や官僚制の民主化、日本占領のスムーズな推進の道を選んだ。天皇は沖縄をアメリカに売り渡して身の安全を確保した。そして侵略・虐殺・動員の被害を受けた中国やアジア諸国に、天皇制存続を認めさせる「保証」が憲法9条であった。朝鮮戦争のさなかの片面講和と安保条約締結がそれに続く。

こうしてみると平和運動は、安保―沖縄―天皇制の枠組みにおいてのみ十全な平和運動でありえたことが判る。戦後史に大きな闘いや運動は数あるが、必ずしもこの枠組みを表現したものではなかった。軍備増強と戦争に走る日本国家に対し9条は大きな牽制となっているが、今日もし平和運動が護憲運動に狭められているとしたら、それこそが「平和運動の思想的腐敗」の根源である。なぜなら憲法とは国家と国民との「契約」であり、人権の代償に国権を認めるならば、まさに「一国平和主義」の批判が当たってしまうことになる。

そこで「先占」の問題だが、これは当然、国家の存在を前提にしている。先占の主体は要件を備えた国家、対象は国際法にいう「無主地」だが、たとえ人が住んでいても近代的な意味での国家の領域になっていないところを指す。これは帝国主義的な植民地争奪戦のロジックであって、私たちが安易に主張すべき言葉ではない。旧植民地国家からはこの権原への批判もあり、他方、南極大陸のように新たな先占を許さず領土権が凍結されている地域もある(注3)。ところが河内さんがアドレスを示している共産党の『赤旗』の記事「日本の領有は正当 尖閣諸島 問題解決の方向を考える」(920日)に以下の主張がある。「国際法上、最初に占有した『先占』にもとづく取得および実効支配が認められています」と。そして領有権の主張と再発防止の交渉が方針だ。これは明らかに労働者・住民の国際的な連帯に反し、日本国家によりそって菅内閣の「弱腰」をたたく1バリエーションではないだろうか。それは国家主義であり、せいぜい一時の改良主義的な政権の座を狙うスタンスでしかない。またそれは、中国に対しては「毅然」とした態度かもしれないが、結果として日米の共同作戦体制の強化に資するものであろう。

●世界的な視野での中国の行動の分析とは

 河内さんは浅井基文の見解を批判し、中国の行動を世界的な視野で分析しなければならないと主張する。だが「歴史の文脈に照らして分析」した内容は、「南シナ海侵略」「東シナ海侵略」の経過であった。私たちはもちろん西沙諸島や南沙諸島の占領は批判しなければならないが、「駆逐艦など6隻が沖縄本島と宮古島間をぬけて太平洋に進出」などの類は自衛隊の広報を思わせる。中国が「北東アジアにおける覇権の確立」を狙っているとのことだが、それはまさに「世界的な視野で分析」しなければならないことだ。

 インドに関するBlogの記事(注4)のなかで紹介した07年の第二次アーミテージ報告「日米同盟 2020年にむけアジアを正しく方向づける」(注5)を参照してみよう。そこではアジアを「米国の利益をもっとも増進する安定し繁栄した世界秩序のカギを握っている」と位置付け、「自由にもっとも有利な力の均衡」(2002年アメリカ国家安全保障戦略)を達成する構想を立てている。中国に関しては以下のような認識であり、現実の推移をほぼ言い当てている。

①中国の経済成長はエネルギー供給源とシーレーン防衛にネックがあり、中東など外部に依存する

②そのため対外的な安定を重視する一方、「行き詰まり」に際しナショナリズムを利用する

③エネルギーを保障するのは、外洋海軍の増強、イラクなど「懸案国家」との同盟と考えている

④係争地域(尖閣列島など)の石油・ガスは、状況を変える規模ではないが、紛争のタネになる

 この報告が出る以前から、当然、米中両国は互いの動向と強み/弱みを把握しあっていたはずだ。とりわけマラッカ海峡を押さえられていることは中国の脅威であり、イラン等への投資を図る一方、92年に領海法を制定して海峡以東の海底資源の確保に邁進する。日本もまた中国の「外洋海軍」建設への警戒と、排他的経済水域の確保にやっきになっていくのである。アメリカはこの報告以前、イラク侵攻前から日米防衛体制の見直しを合意していたが(022月の2+2)、報告後の075月、2+2で「同盟の変革:日米の安全保障および防衛協力の進展」(いわゆる最終報告)を発表、「米軍再編特措法」が参院で可決・成立している。こうして政治―経済は緊密に連動し、最終的には軍事的な再編成の動きとリンクするのである。従って河内さんが指摘する個々の中国艦船の外洋進出などは、それだけでは「侵略」でも「世界的視野での分析」でもない。私たちは、終わりなき対テロ戦争によって世界支配の政治-経済的な秩序をも維持しようとするアメリカの戦略との関係で、中国の行動を分析し、批判もしていかねばならないのである。

 河内さんはおそらく、中国の人々の人権を抑圧する中国の共産党独裁権力への怒りから、今回の見解を出されたと思う。だが私たちは国家・マスコミが煽りたてる国家主義・民族主義を批判し、そして冷静に、国家と同一化することのないグローバルな民衆連帯を築きあげる必要がある。それぞれの国家権力を打倒するのは、第一義的にそれぞれの労働者・大衆の事業である。私たちが平和運動を本当に再建するためには、安保―沖縄―天皇の構造に対抗し、国家の呪縛から切り離された国際連帯の闘いが必要であろう(注6)。

(注1)テント村のHP参照。http://tentomura.web.fc2.com/

(注2)だが例えば『テント村通信』の今年3~4月号では中国によるチベット併合の歴史をフォローし、民族問題の観点から批判する連載を行うなどしている。また私も中国で激発するストライキ運動をあつかったBlog記事で労働者の置かれている状況と、いわば「資本主義化により延命した共産党一党独裁」を批判した。中国の人権弁護士に関する河内さんのレポートなどは、おおいに参考になった

(注3)この記事を書いたあと、杉原浩司さんのCMLあて投稿を拝見した。南極に関する書籍(『世界中を「南極」にしよう』柴田哲司、集英社新書)の紹介など、参考になる記事である

(注4)私のBlog記事「インド―諸報告にあらわれた位置づけと労働者の状態」参照

(注5)下記で全訳を見ることができる。http://www.kyodo-center.jp/kiji/070216armitage.htm

(注6)やはりこの記事を書いたあと、菅と温家宝の両首相が「戦略的互恵」を確認しあった非公式会談の新聞記事をよんだ。ずいぶん迷ったが、提起されている問題が国家主義と平和運動の関係であるから、このままアップすることに決めた。仮に日中の国家関係がこのまま鎮静化したとしても、今回の議論は継続される必要があると思う

印刷用:「kawauchi.doc」をダウンロード

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