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2011年11月21日 (月)

【書評】資本の指揮権の収奪―J・ブレッヒャー『ストライキ!』(晶文社)

1115日、ウォール街のRe-Occupy(再占拠)が開始された。Occupy Wall Streetではなく、今度はOccupy All Streetの声も聞こえているそうだ。一度は数10人が逮捕され排除されたというが、同日中に広場は再び開放された(注1)。私はBlogで先日、エジプトの若者たちの「反民衆的な政権は何度でも引きずり下ろす」という言葉を引用した。それと同じように、NYの人々も「いったん占拠を終えることになっても、最後の(革命の)日までそれ(占拠)を繰り返す」と述べた(注2)。それが実現されたのである。

17日には労働組合が1万人規模で排除糾弾のデモを行った。私は同じ文章で、「必ずしも『既成の労組』と切り捨てられない労働運動の歴史がアメリカにはある。むしろNYの闘いと通底する労働者の大衆ストライキ運動が、AFLCIOの規制をはねのけながら展開されてきた」と述べた。おそらく労働組合の「広場」への登場は、労働者に忘れられたその歴史と経験を想い起させ、新たな連帯の拡大を作りだしていくことになろう。ジェレミー・ブレッヒャー(注3)のアメリカ労働運動史、『ストライキ!』を紹介する。

Strike1

Strike2

●階級闘争の全時期を貫き、波浪のごとく繰り返す大衆ストライキ

 彼が語るアメリカ労働者の闘いのキーワードは「大衆ストライキ」である。それは明らかに、1905年のロシア革命を背景にしたローザ・ルクセンブルグの概念を引き継いでいる。ローザは、「大衆ストライキとは、絶えず動き変化しつづける、波浪のごとき現象である」(注4)と書いた。それをうけて彼は、「大衆ストライキとは、単に一つの行動を示すものではなく、階級闘争の全時期を意味するものである」(P45)という。そして1877年の「大騒擾」からアメリカ労働者の闘いを語りはじめる。ことは鉄道労働者の賃金カットが発端だ。「罷業者は、国の最重要産業である鉄道を止め、占拠し、かたや群衆は、まず警察を、そして州軍を、あるときには連邦軍までも打ち負かした。ゼネストは12の主要都市で全活動を停止させ、罷業者たちは国中の共同体の社会的権能を接収した」。先立って73年から鉄道労働者はストライキ戦術をとりはじめており、インフォーマルな「勤労者の委員会」などによる工場の支配権確立の方法をおぼえていた。この「大騒擾」は、「アメリカ史上初の―しかし、決して最後ではない―大衆ストライキであった」、と彼は言う。

 工場や都市の支配権をめぐる「登場人物」(注5)は変わらないが、歴史的条件により大衆ストライキの形態は異なる。彼は大衆ストライキが起こる危機の時代を定義する。「何かが平常の行動パターンを壊し、従来のやり方で生活していくことを困難にするか、あるいは新たな潜在的権力観を生んでいくかというような場合にのみ、大多数の人々は従来の慣行的なやり方で行動するのをやめる」(P272)、と。そして、①1877年と94年の鉄道労働者から拡がったストライキ、②20世紀に入って鉄鋼や鉱山が基幹産業となる時期の自動車産業ストライキ、③そして大恐慌の時代のゼネスト、④二次大戦期の闘い――に分けて性格づけを行う。ここでは③の時期に起こった、オハイオ州アクロンにはじまる大衆ストライキを見ていこう。 

 巨大設備を導入した自動車工場は、生きた労働を「死んだ労働」(固定資本=設備)が支配し、細分化された労働をライン状に編成し、ライン・スピードが働き方を決める。またニューディール時代、政府はNRA(全国復興管理局)を設け、労働組合を承認する一方、労使の対立を団体交渉の枠組みに縛りつけようとしていた。そのなかで1934年、ラインのスピードアップに抗し、アクロンのタイヤ工場の労働者が選んだのは「坐りこみ」である。「12人の労働者が機械を止めて、坐り込んだ。数分以内に、各部門が次から次へと作業を停止した」(P206)。この戦術は、全自動車産業に浸透、限りなく諸産業・諸地域に拡大する。36年、フリント工場の労働者の坐りこみがGMの一大ストの引き金を引いた(写真は坐りこみ風景と、防衛隊に突入する警官隊)。彼らは工場内の生活を管理し、女たちは男だけの占拠に反対して「婦人補助部隊」を結成した。他工場の労働者も山猫ストに入り、または工場を抜けてフリントに駆けつけたから、全工場の操業は停止した。GM1月の生産台数は計画の約4分の16万台、2月上旬の生産は151台に落ち込んだ。町も労働者管理のもとにおかれた。州軍動員の動きに対し復員軍人連合は、警察本部などの武装占領計画をねったという。まさに「二重権力」状態だ。

●経済と政治、全社会的な権力の「増大」をめざす大衆ストライキ

この坐りこみ戦術の特質は何だろうか? ①組合など外部の指導者ぬきに労働者自身が実行、②非暴力で全ラインを停止させ短時間で勝利した、③スト破り発生の余地はなく門前ピケは不要――という点だ。また主にラインのスピードアップに抗して闘いが始まったことは、④資本の「指揮権」に抗し働き方を自分で決めるという意志の発現であり、⑤必然的に労働者の連帯強化に向い、⑥工場や町の自主管理に発展した。この自決・連帯・自主管理という性向は、ブレッヒャーが語る歴史から共通に取り出せるものである。

そのような労働者の闘いは、職場の非公式な「作業グループ」に由来すると彼は言う。シカゴ大学の研究チームは1946年、ある事実を報告した。「ほとんどの作業グループが、各労働者がそれ以上に生産してはならない『割当て量』を設定している」、「割当量を終えるまでは短時間集中的に働いて、そのあとは残りの自由時間を自分たちの時間として使っていた」(P260)、と。それは仕事を早く終えるための秘密の道具や、家の備品の作成などの「内職」だ。彼らは一種の倫理感として、相互の協力や仲間とのくつろぎを大切にしていたのだ。その「根底で大衆ストライキの過程が進行する」(P261)とブレッヒャーは主張する。

おそらくアクロンやフリントの坐りこみ・占拠の闘いは、作業グループの倫理観と連帯感を工場や町の大きさに拡大したものだったろう。もちろん仲間同士の連帯感は、そのままで階級的な意識というわけではない。さしあたり労働者たちの闘いは資本の指揮権にはむかうものであり、直ちにその前提にある私的所有の廃止に向かうわけではない。しかし闘いこそが自他の階級的な区別を明確にし、自主管理の行動は労働者が生産を支配する意志と能力と自信を培う。ブレッヒャーも言う。「大衆ストライキの時期における最も重要な意識変革は、革命的な意識の核心――『人民が行動を起こし、統制し、彼らの生活に関する諸決定を自分で行えるのだ』と理解することである」(P275)、と。一夜フリント工場内で晴れやかなダンスパーティが開かれたというが、それをきっかけに「婦人補助部隊」が登場したのは、労働者のイニシャティブの発展の一例と言えるだろう。

●「すべてが同時におこる」まで繰り返される、グローバルな行動

私は工場占拠の現場はNYの「広場」のようではなかったか、と想像する。彼らの自決・連帯・自主管理という性向は、ウォールストリートを占拠した人々と共通すると思う。それゆえ私は、労働組合の「広場」への登場は、労働者に忘れられたその歴史と経験を想い起させ、新たな連帯の拡大を作りだしていくことになろうと期待したのだった。実際には当時から組織至上主義で大衆ストライキに敵対したAFLCIOは、第二次世界大戦の総動員体制のもとで更に反動化した。55年に合同したあと未組織労働者の組織化をめぐって05年に再分裂したが、実際は両派の権力闘争に過ぎないという見方もある(注7)。しかし全世界的な金融資本主義に対する闘い、NYの繰り返される占拠行動への参画は、労働者たちの記憶と連帯の志向を揺り動かさずにはおかないだろう。

ブレッヒャーは1917年のロシア革命時の工場委員会を、歴史的な労働者の自主的闘争=管理組織の文脈に位置付けている。そしてレーニンが工場委員会を統制し、労働組合のもとに従属させたことを批判している。その後のロシア革命の推移は、内戦やヨーロッパ革命の敗北などによって条件づけられ、ロシア共産党を中心とした「東」の体制はもろくも解体せざるをえなかった。一方、占拠をくりかえすNYの人々は、「すべてが同時に起こる必要があるんだ。だからここで頑張ってる。僕らのための場所(持ち場)を確保してる」(注2)と語っていた。また、マドリッドからブリュッセルまで弾圧に屈せず歩きとおした人々は、「ゆっくり行こう。道は遠いのだから」という横断幕を掲げていた(注8)。私たちは、あくまで資本や国家の「占拠」や「接収」を繰り返そうとする労働者・民衆の自決・連帯・自主管理の意志を共有し、「すべてが同時に起こる」日まで何度でも行動をくりかえす/やりなおす覚悟を固める必要がありそうだ。

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(注1http://www.labornetjp.org/news/2011/13214/00691760JNK などを参照

(注2http://yo3only.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/occupy-wall-street.html 参照。なお中東の革命については、http://yo3only.cocolog-nifty.com/blog/2011/02/post-co43.html 以下も参照

(注360年代の学生運動のなかで育った在野の労働・社会運動研究者。邦訳では他に、ティム・コステロとの共著『世界をとりもどせ』(インパクト出版会)がある

(注4)『ローザ・ルクセンブルグ選集2』(現代思潮社)、「大衆ストライキ・党および労働組合」のP209以下

(注5)他に大きな争議で資本の指揮下に入った「私設軍隊」ピンカートン秘密探偵事務所もある。、警察とともに、または保安官の代理執行人として働いた。2,000の常備員に加え3万の予備員をもち、当時の合衆国常備軍より数が多かったという

(注6AFLは熟練労働者を職業ごとに組織し、そこから分かれたCIOは未組織の非熟練労働者を産別的に組織した。55年に合同した後、前者は反共主義、後者は生産性向上運動に力点を置いて国際労働組合総連合(ITUC)でイニシャテイブをとった

(注7)分裂時に訪米していた高須裕彦さんの報告がある。http://jca.apc.org/labornow/old/index.html など

(注8http://doujibar.ganriki.net/webspain/Spanish_5-15_movements-07.html

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