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2013年6月12日 (水)

【書評】尾松亮『3・11とチェルノブイリ法』―汚染地域住民と被曝労働者の連帯を、私たちはどう築いていくのか

2011年にチェルノブイリを訪れた若き研究者、尾松亮は言う。「20132月の時点で、日本では被災地支援を包括的に定めたチェルノブイリ法に相当する法律は、まだ整備しきれていない。・・・したがって、原発事故被災者の権利も明確に定められていない」(P70)、と。また警告する。「チェルノブイリ原発事故は、根深い政治不信と社会混乱を巻き起こした。これがソ連という大国が崩壊に向かう一因ともなった。・・・事故後の対応が、1つの国家を崩壊に導くほどの問題になりうる」(P238)、と。彼はあえて原発への賛否を明らかにしない。しかし求めるものは日本という国家の責任の明確化であり、法律という継続的・包括的な形を前提にした全面的な補償である。91年のチェルノブイリ法は、事故後5年にわたる放射線被害の拡大を放置したうえで成立した。内容は欠点も多く、その後は改悪の歴史をたどっている。だとしても、と尾松は言う。「チェルノブイリ法の考え方を取り入れるのか、批判して乗り越えるのか」(P101)、と。福島原発事故に対する「唯一の先例」を、私たちは無視できないであろう(注1)。

 

●被災者への補償の大前提は、国家の責任の徹底的な追及

「チェルノブイリ法とは、『法律』である」(P72)という全く当然な前提から、尾松は語りはじめる。なぜなら、「特別な法律によって被災者の権利や保障のルールを定めなければ、広範囲で長期的な事故の影響に対応することができなかった」(P75)からだ。そして法律の実行責任を負えるのは、「今の世界では国家しかありえない」(P98)と言う。それは例えば同法5条で、「被害補償や社会的支援策の実施については、ロシア連邦が資金拠出義務を負う」(同)と定められた。そして同法がカバーするのは、①被災地の範囲、②被災者の定義、③補償や支援の内容である。①と②の「基本的なルールを定めなければ、国民と国家が『被害補償』の共通認識にたどり着くことはできない」(P100)、と尾松は主張する。

関連して、同法成立1年前のソ連最高会議(注2)の決定が重要だ。「放射能汚染の被害を受けた地域

の社会的・政治的状況は、きわめて緊迫したものとなっている。原因は、学者や専門家たちによる放射能の安全性に関する提案が、互いに矛盾していること、不可欠な対策の実施が遅れていること、そしてその結果として、住民の一部が地方や中央の政治を信頼しなくなったことである。事故被害の状況の本格的な調査や、根拠ある対策プログラムの策定は遅れている。このことは、放射線被害を受けた地域の住民に当然の怒り(法的根拠のある怒り)を引き起こしている」(P74)――。これは福島の人々の状況と瓜二つだ。

日本と違う点は、最高権力機関が、事故の評価とその後の誤った措置の責任を認めていることである。その上で最高会議は、「居住コンセプト」というガイドラインを示し、チェルノブイリ法の制定を促進している。(注1)で紹介した調査団に参加した川田龍平は、「子ども・被災者支援法は、チェルノブイリ法を手本の1つとしている」と述べている。子ども・被災者支援法は議員立法として制定され、「被災者支援等施策の推進に関する基本的な方針・・・を定めなければならない」(第5条)と政府に義務付ける。だが、原発を推進してきた「社会的責任」(第3条)を問うが、「基本方針」の策定や各種の施策を求めるのみで、独立した法律の制定を要求していない。従って議員立法は店晒しにされたままだ。ソ連とのこの差異は、政府に原発事故とその後の不作為の責任を認めさせるか否かにかかっている。結果としてチェルノブイリ法と支援法は、その基本的スタンスが全く違うものになってしまった。対比すると以下のようだ(注3)。

                                   
 

 

 
 

国家責任

 
 

立法措置

 
 

対象地域

 
 

被災者の定義

 
 

施策の考え方

 
 

ソ連法

 
 

政治的・法的責任を認める(注4

 
 

居住コンセプトと

 

チェルノブイリ法

 
 

4区分

 
 

事故終息作業者と対象地域の住民=12区分

 
 

補償と支援

 

(注5

 
 

支援法

 
 

社会的責任のみ

 
 

非力な議員立法

 
 

不明確

 
 

対象地域の住民

 
 

支援のみ

 

 

●チェルノブイリ法を成立させた、被曝労働者と汚染地域住民の連帯

ここでチェルノブイリ法が施策の考え方として、補償と支援をあげていることは重要だ。なぜなら「補償」は国家が政治的・法的責任を認めることにより義務として発生し、被災者にとっては持続的な権利となる。一方「支援」は、財政状況に応じて政府が縮小や打ち切りを決定できる社会政策的な措置になってしまう。どうしてソ連でこのような法律を成立させることができたのか――それが私たちの関心事だ。

「チェルノブイリ法は、自然発生的に出来上がったものではない」(P104)、と尾松は言う。被災者からの補償を求める声が大運動になったことが背景だが、主な原動力は市民団体「チェルノブイリ同盟」だ。同盟の設立は1989年、全国化したのは90年である。それを設立したのは、「リクビダートル」(注6)と呼ばれる事故終息作業に従事した労働者や兵士であった。彼らの地位は、90年の社会支援・医療サポートを定めた決議(注7)で確立、94年には、被災地問題を管轄するロシア連邦非常事態省との協力関係にはいる。尾松は言う。「リクビダートルが被災者の代表として発言力を持ったのも、『英雄』として社会的な尊敬をうけていたためである」(P109)、と。そのようなチェルノブイリ同盟に放射能汚染地域の住民たちも合流、ロシアだけで同盟員は70支部10万人である(注8)。ここで被曝労働者も汚染地域の住民も、同じく「被災者」と考えられていることは重要である。なぜならリクビダートルの労働は原発事故に由来し、平均して120mSvを被曝、ガン死亡率は2000年のデータで一般住民の3倍を数えているからだ(同注6)。

日本でも人々は緊急作業従事者を「神様」「英雄」と称賛した。だがそれは、遠くの都市部に住む自分を「被害者」として固定し、「汚い労働」に従事する原発労働者を差別する裏返しの表現だったかもしれない。また事故現場で働く労働者の70%は地元出身者だが、そのなかから「原発をささえ、事故を起こした責任感から働いている」といった声も聞こえる(注9)。そこには労働者の「魂」が感じられるが、被災者であることと被曝労働者であることとの2重の苦難と、それを「責任感」という言葉で結びつけざるをえない悲しい分裂がある。被曝労働者も汚染地域の住民も同じく「被災者」である、という思考の転換が必要だ。それは国家を追及してチェルノブイリ同盟が達成した、大きな成果に結びつくかもしれない。また都市部の「被害者」が被災者に対して持つ、いささか軽い同情の念に切り口を与える可能性もある。

 

●原発現地で、再稼働阻止闘争と被曝労働者支援のむすびつきを

ロシア最西部、ベラルーシのチェルノブイリ原発から約200Kmに位置するブリヤンスク州の、事故から25年たった状況はどうだろうか。州全体での人口減少率は11.7%、汚染の大きい南西部では34.3%で、都市・農村の両方で16歳未満の人口減が顕著である。95年比で州全体の疾病件数は1.4倍、南西部では2倍以上(P10~)だ。州西端の「ロシア・チェルノブイリ問題の首都」と言われるノボズィプコフ市では、それぞれ1,000人以上の従業員を抱えた工場がほぼ停止したままである。健康診断などのサービスを受けるためには州都まで200Kmの行き来が必要だという(P29~)。チェルノブイリ法をもつロシアにしてこの状況だ。福島は事故から25年後、どうなっているだろうか。

 いま政府と電力会社は、718日の規制基準の施行をうけて原発再稼働に走ろうとしている。玄海、川内、伊方、泊の4原発の名前があがり、あろうことか東京電力も柏崎刈羽原発の再稼働申請を出そうとしている。規制委員会は、9月にいったん止まる大飯原発の活断層調査を関西電力まかせにし、定期点検後の再稼働を許す方向だ。一方、事故時の住民避難計画は、なんら実効性がないことが明らかにされている。そこで再稼働阻止闘争と被曝労働者の安全と権利を守る運動とは、一見、矛盾するかにみえる。だが、停止している原発にも放射能が溜めこまれており、そこで働く労働者は被曝の危険にさらされている。彼らが原発内で安全運動を展開するなら、それ自身が原発の再稼働や運転に規制をかけ、周辺住民の安全につながる。稼働している原発、そして福島の事故現場においてはなおさらだ。まさに原発現地で結びつく必要がある。リクビダートルのように、被曝労働者と住民は同じく顕在的/潜在的な「被災者」として結びつくことが可能であり、また連帯していく必要があるだろう。

 627日は子ども・被災者支援法が成立した日だ。私たちは改めて国家の責任を糾明し、「被災者」の定義を地域住民と被曝労働者の連帯という形で顕在化させ、福島の現状の打破と全原発の停止をかちとっていかなければならないと思う。

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(注1)チェルノブイリ法はソ連崩壊により、ベラルーシ・ウクライナ・ロシアの3共和国でほぼ同文で採択されている。尾松の本はロシア連邦法の抄訳を載せているが、全訳は例えば、ウクライナ法を「衆議院チェルノブイリ原子力発電事故等調査議員団報告書」7-(1)-⑥で参照できる。

  http://syugiin.go.jp/itab_annai.nsf/html/static/shiryo/cherno16.pdf/$File/cherno16.pdf

(注2)ソ連の最高国家権力機関だった。行政権と立法権の機能を併せもち、唯一憲法修正権ももつ

(注3)支援法は「避難の権利」の点では、チェルノブイリ法より優れている。住み続ける権利、避難する権利に加え、「帰還の権利」が新しく追加された概念だ。尾松の以前からの提案が活かされた

(注4)チェルノブイリ原発は国営であったが、「原子力ムラ」といわれる原発推進体制からすれば、日本政府も政治的責任および法的措置の責務を問われることは当然である

(注5117月に始まった「ふくしま集団疎開裁判」に関連して述べた筆者の意見は、下記を参照

http://yo3only.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-337a.html

(注6Wikipedia参照。直訳は清算人。終息作業や避難・除染など、汚染地域で作業に関わった労働者や兵士たち。総数6080万人、8687年の従事者は約20万人、95年時点の登録者は37万人と言われる

(注7)ソ連閣僚評議会および全ソ連労働組合中央評議会の合同決議で、政府と労働者の意思を代表する

(注8)正会員になれるのは主にリクビダートルで、汚染地帯に住む人々は「集団会員」、という差はある

(注9)同種の発言は、『労働情報』859号「原発建設に責任感じ除染作業で罪滅ぼし」を参照

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