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2013年10月 2日 (水)

「占拠の思想」―経産省前テントひろばの3年目を闘うために

経産省前テントひろばは11911日、経産省の敷地を取り囲む「人間の鎖」行動の最中に立ち上げられた。あっという間に1張のテントが建ち、そのご福島の女たちの座り込み行動のために「第2テント」ができた。今では3張りのテントが経産省の敷地の一角、約90平方メートルを占拠している。これに対し国=経産省は3月以降、撤去を求める仮処分の攻撃と裁判をおこし、これまで523日から3回の口頭弁論が開かれている。毎回、数百名の人々が参加し、大法廷の使用も獲得、攻勢的な裁判闘争を展開している。63日には、300人の参加で「テント応援団」も結成された。

この911日、3年目も闘いぬくための抗議行動が経産省正門前で闘われた。「再稼働反対」「政府は汚染水対策に集中せよ」という叫びが霞が関に響きわたり、700を超える人々の手で、経産省を包囲するヒューマンチェーンを成功させたのである。その翌日の第3回口頭弁論には、260名の人々が傍聴券を求めて東京地裁前に並んだ。3年目も闘いぬくために、いま改めてテントひろばの意味するものとその役割、それを防衛しぬく「思想」を考えてみたい(注1)。

 

●たかだか140年の歴史しかない、「国有地」という概念

経産省の退ちのき要求は、もちろんその所有権に基づいている。その根拠をみてみよう。江戸幕府の開設は1603年だが、江戸城の城下町が作られた土地は茅が生い茂る湿地帯で、おそらく「無主」の入会地だった。いまテントひろばが建つ経産省別館の土地は、江戸時代、信州松代・真田藩の上屋敷となった(注2)。大名屋敷は、大名個人が将軍からその領地を拝領したものだったが、明治政府はそれを接収する。経産省が主張する「国有地」とは、さかのぼれば天皇の権威と薩長の武力を背景に、大名とはいえ個人の所有地を収奪したものだったのである。しかもこの時点では、土地所有権や国有地という概念は確立していない。土地所有権の法的な確立は明治維新5年後の1872年(太政官布告)、国の土地所有権=官有地を認めたのはその翌年であった。こうしてみると所有という概念は、歴史的・相対的に考える必要があるということが判る。

「国有地」という概念は、ブルジョア革命を通じ、近代国家が成立するにともなって生成した。王や将軍の領地はあっても、国家が所有権をもつことはなかったのだ。1789年の「フランス人権宣言」は、権利を持つ主体(法人)として「人」なるものを発明し、またそれを束ねる1個の法人として国家を定義した(注3)。法人として国家は初めて所有権を行使し、「国有地」を持つことができたのである。それ以前はどうだったのか。王や将軍の領地はあったが、それは所有権概念においては領有(自分のものと主張する行為)に属する。「主張する行為」とは、植民地獲得競争と同じく「先占権」の宣言であり、軍事力などによって担保される必要があった。一方、それと重なって農民たちの共有地があった。ポラニーはヨーロッパ封建社会の共同体的農地制度である「開放耕地」を紹介している。「村落の耕地はふつう三つの耕区に区分され(三圃制度)、農民保有地は各耕区に地条として広く分散・混在しており、各地条間には垣根がなく解放されていた」(『大転換』P56)、と。これは今日の法的概念からすれば共有の形態であり、武力に支えられた領有のもとで、献納によって許された占有(事実上の支配)だったといえるだろう(注4)。

だがこの領有と共有―占有の形態は、イギリスの場合、15世紀末から16世紀前半の絶対王権による封建的家臣団の解散と、17世紀後半の教会領の収奪などにより衰退する。そして近代的な私的所有権概念に再編されていく。日本の場合では今日、法的に狭く定義された占有権のほか、忍草入会組合による北富士演習場内の入会―採草権や、成田空港における一坪共有地運動が目立つくらいだ。

 

●私たちの占有権と、新しい世界を展望する「個人的所有」

もちろんテントひろばは、経産省の提訴段階で1年半の占有の実績を有していたからこそ、裁判で対抗できている。またその共有の実態を、数百の「関係者」の訴訟参加の要求によっても表現している。それに加え私たちは、どのような「占拠の思想」を新たに持つことができるだろうか。

大谷禎之助は訳書『マルクス自身の手による資本論入門』(注5)で、『資本論』124章の「個人的所有」という概念をクローズアップしている。「『労働する人びとの自由な個性の発展のための条件』である彼らの所有すなわち『個人的所有』は、資本主義的私的所有によって廃棄されましたが、こんどはこの資本主義的私的所有を廃棄することによって成立するアソシエーションのもとで、アソシエートした諸個人による所有という形態で『個人的所有がふたたび作り出される』のです」(P163)――と。個人的所有とは、私的所有とは違い、権利概念に基づく所有権(使用・収益・処分権)の行使とも違う。アソシエーションについても、「1963年にスターリンがその成立を宣言し(た)・・・ソ連の『社会主義』」とは違う、と大谷は言う(P204)。

一方、個人的所有それ自身とアソシエートした諸個人による所有とを明確に区別していない――と、大谷を批判するBlog記事もある(注6)。この筆者は、社会的所有は生産手段に適用され、個人的所有は消費手段に関わるというエンゲルスの「俗論」を意識している(注7)。そして個人的所有を原基的・一般的に、以下のように定義する。「主体(労働者)が対象(生産手段)に対して、自分の目的と意志を貫くような仕方でかかわること」、と(カッコ内は筆者の補足)。今日の資本主義社会においては、労働の目的と意志は資本に収奪され、資本家や職制による指揮、あるいは科学と技術を集約した機械への労働者の従属として現れている。それに対し、新しい世界に関して筆者は言う。社会的所有の側面では、労働者たちが全社会的生産手段に対し、アソシエートした労働者の共有の目的と意志を貫く様態で関わる。個人的所有の側面では、個々の労働者はそこで各個人の目的と意志を貫く。そこで個々の労働者の目的と意志、その実行のあり方がどれだけ自由な広がりと深さを持つかが、社会的所有の確立の度合いを規定する――と。

この個人的所有の実例として、マルクスは、広い地域に家族単位で分散して農業を営む古代ゲルマン人の共同体を紹介している。「共同体は、連合体としてではなく連合として現れ、統一体としてではなくて、土地所有者からなる自立的主体の統一として現れる。だから共同体は・・・国家、国家組織としては事実上存在しない」(注8)、と。それは常設役員をもつ「連合体」ではなく自立的主体の「連合」であり、共同体の実存は随時の集会に拠っていた。当然、国家のような中央集権的な組織ともかけはなれている。これはテントひろばの主体や運営と似ているかもしれない。原発のない社会を「生産物」とすれば、私たちはテントひろばという「生産手段」に集い、働きかけ、かかわっている。そこにおける社会的所有―個人的所有という概念は、主権国家と背中合わせにされた権利を持つ主体としての個人、または所有権というブルジョア的概念に対抗する。それは「占拠の思想」を豊かにしてくれる可能性をもっているかもしれない。

 

●占拠―それは原発のない社会をめざす思想と運動

11年頭に勃発したチュニジアの革命はエジプトに波及した。タハリール広場は大衆的な結集と討論の場となり、また大統領府などに出撃する闘いの拠点ともなった。実際にムバラク政権を打倒した革命のインパクトは、スペインの「515運動」やNYのウォール街占拠運動に展開、1015日には90ヶ国以上、1,000を超える都市や街々で行動が展開されたという。11911日のテントひろば建設は、もちろん福島原発事故を契機にしたものだが、世界的なOccupy の波動のなかにあったことは間違いない。しかしこの7月、エジプトの民衆は自らが民主的に選んだはずのムルシ政権を打倒、革命は軍事政権の再興へと暗転した。「非民主的な政権は何度でも引きずりおろす」という若者たちの永続革命的な意志は、エジプト軍を支配するアメリカの覇権と、エジプト経済を締め上げる世界資本主義の力で巧妙に利用された(注9)。「占拠」の思想と行動は、いま1つの試練に立たされていると思える。

例えばウォール街占拠運動を振り返ってみると、巨大な解放感と世界的な連帯意識を醸し出した反面、政治的な討論の点では貧弱だったようだ。「占拠」という言葉へのアメリカ先住民の異議、少数民族や女性への差別の問題などが提起されていた。だがジェネラル・アッセンブリィーは数度しか開かれず、問題提起の内容よりは討論のプロセスが重視され、事実上、議論は深まらなかったようだ(注10)。参加者はスポークと呼ばれる機能グループに分けられ、公園での生活運営に多くの力が割かれたが、それは政治的討論を抑え込む意味をもったともいう。このようなあり方は占拠運動の活力を殺し、早期の排除を許すことにつながったかもしれない。

テントひろばの運動は今日(102日)の段階で752日目、もちろん活力にあふれている。それは原発事故が収束にほど遠く、日々経産省や右翼との緊張関係のなかにあり、福島や各地の闘いと結びついていることによっている。911日の抗議行動にも、福島や再稼働にあらがう原発現地の方々が駆けつけてくれた。その中でさらに私たちは、さまざまに巻き起こる討論を各ステップにおける合意として積み上げていく必要があるだろう。まさに「個人的所有」としてテントひろばに関わるスタンスであり、所有権を盾にした経産省に対抗し、共有―占有を維持する「占拠の思想」を運動として展開することである。テントひろばは「討論の場」だ。しかし在日の人々などを排除する「国民的」討論の場ではない(注3)。

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(注1)こんなことを考え始めたのは、6月のある夜、某大学のゼミ生たちから「経産省前テントひろばの活動が反原発運動に及ぼす影響」というインタビュー調査を受けたからだ

(注2http://edoshiseki.com/daimyo.html 参照

(注3)このことの階級的な意味は、http://yo3only.cocolog-nifty.com/blog/2013/07/post-e3c9.html

および http://yo3only.cocolog-nifty.com/blog/2013/10/post-c682 参照

(注4)占有権は「民法」第22章、共有については同第32節を参照

(注5)大月書店。ドイツ生まれの扇動家モストが書いた『資本論』第1巻の入門書、『資本と労働』にマルクスが改訂をくわえて第2版としたもの。「商品と貨幣」と「労賃」の部分はほぼ全面改訂された

(注6http://ebi3desu.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-98bd.html 「個人的所有」論としての『資本論』」以降、Blog筆者(氏名不詳)の数年にわたる数10の「研究ノート」的な論考がある

(注7)『反デューリング論』岩波文庫、上巻P220

(注8)『資本主義的生産に先行する諸形態』国民文庫、P22

(注9http://yo3only.cocolog-nifty.com/blog/2013/07/post-e355.html 参照

(注10)政治的発言を討論プロセスから外れていると抑止する、「プロセス」という指信号もあったらしい

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コメント

あなたの主張は、結局はかっての中核派、革丸派、その他の「極左暴力集団」(あなたはこの言葉は嫌いでしょうが・・・)の『革命的暴力は是認されるべきだ』と言う考えと大差ないのでは?

「自分の考えは絶対に正しい。他者が、自分の考えを否定したり、批判することは絶対に許さない」と言うのは、自己中心主義でしかありえない。

「反原発の目的のためなら何をやっても許される」などと言う考えを社会が受け入れるわけがない。

国有地を、事前または事後の同意・承認なしに使用/占拠する事は「不法行為」「違法行為」以外のなにものでもありませんよ。

社会の構成員として、ルールは守るべきですよ。

あなたが、あなたの主張を表明するのは、あなたの権利ですが、国民は誰もあなたの主張を受け入れねばならない義務はありませんよ。

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